Q.表具のとき磨った墨は散らないが、墨液は散ると聞いていますが。
A.液体墨の製法には膠を原料にした物と合成糊剤を原料にした物があります。表具性が悪いのは膠を原料にした液体墨なのです。合成糊剤を原料にした液体墨は固形墨と同様表具には何ら問題はありません。膠は固形墨にとりまして理想的な原料で、現在でも膠に代わる原料は見つかりません。先人の知恵に頭が下がります。しかし固形墨に最も適した膠の性質が、液体墨には最も不適合となるのです。膠はコラーゲンを含んだゼラチンを主成分とする蛋白質の一種です。その水溶液は低温になりますとゼリー状に固まります。これをゲル化すると言います。動物性蛋白質の一種ですから非常に腐敗し易く、一度腐敗しますと強烈な悪臭を発生します。膠の水溶液は加水分解により炭酸ガスと水に分解されます。膠を液体墨の原料として使う場合は、このゲル化、加水分解、腐敗を止めなければなりません。肉類の保存をお考え戴きますと解り易いのですが、蛋白質の保存は乾燥・冷凍・塩浸けするしかありません。乾燥したのが固形墨ですし、塩浸けしたのが膠を原料にした液体墨なのです。塩分が多く入りますと乾燥が極端に悪くなります。書きましても塩分はどこにもいかず、紙に残りますので膠の乾燥皮膜形成が阻害されます。これが表具性の悪い原因です。書いた紙が乾燥しても全然縮まない時は、膠の塩浸け液体墨とお考え下さい。表具しない練習用であれば問題ありませんが、表具する場合は塩分が紙に残りますので絶えず湿気を帯び、梅雨時には作品から膠の腐敗臭が出ることがあります。膠使用の液体墨は淡墨使用が大切で、薄めることにより塩分濃度も下がり膠本来の透明皮膜がよみがえり表具性も良くなります。
※ここで少し“墨液”と言う言葉についてお話ししたいと思います。皆様もご存じのように昔から墨汁と言う製品がありました。膠を原料に多量の塩分を使って造られておりましたので洋紙には向くのですが、和紙には向かず乾燥も遅い表具のできない物でした。私共はこの欠点を改良して、塩分を一切使わない、乾燥の早い、表具できる液体墨として開発致しました。これまでの墨汁と区別するために当社の先代が「墨液」と名づけました。「墨液」とは生まれながらに膠を原料としない合成糊剤を原料とした表具のできる液体墨なのです。それがいつしか液体墨の総称名となり、墨汁造りの液体墨も墨汁では売れませんから「墨液」と言う名称で販売されるようになり、ご質問の墨液は表具できないということになったのだと思われます。当社の「墨液」と言う名称を使う製品群は、合成糊剤を原料とし固形墨と同等以上の表具性を備えた、一切塩分を使用しない液体墨であります。
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