Q.墨は古いほど良いと言われますがどうしてですか。
新墨と古墨の違いは。
A.一番大きい原因は墨造りにあります。煤を練って固める為に必要とする膠の量が、書く時に必要とする膠の量より多いと言うことです。新墨は粘るとか筆が重いとか感じられるのはこのためです。
膠はコラーゲンを含むゼラチンを主成分とする蛋白質の一種です。膠は水の中で高分子から低分子へと変化していきます。これを加水分解と言います。
また、膠独特の性質として気温が18℃以下になりますとゼリー伏に固まり、これを「ゲル化」と言います。墨を冬場に造るのは、膠の腐敗を抑えゲル化を利用するためです。
新墨はその体内に20%程度の水分を保持しており、その水分で膠の加水分解が起こります。気湿が18℃以下になりますと膠のゲル化が起こり、体内の水分を排徐し、20℃以上になりますと膠のゲル化が止まり、外部から水分を取り入れます。この働きを毎年繰り返し、徐々に体内の水分量を下げていきます。
新墨から3〜5年が、加水分解による膠の粘度低下の一番大きい時なのです。この頃を過ぎますと書く時に必要な膠の量に近づいてきます。さらに年数を経過しますと加水分解が進み、膠の力が低下し、煤を分散させる力も弱まりますので、筆跡がしっかり残り透明感のある滲みに変化します。勿論、運筆も軽やかて濃墨でも書き易くなります。言い換えれば墨の枯れとは、白然界における蛋白質(膠)の分解の過程なのです。
このことでもお解りのように、墨は湿気の多い所で保管すると寿命は極端に短くなりますし、時には腐敗菌が繁殖し数日で分解することすらあります。同じ条件の下に生まれた墨も、それ以後の環境で大さく変化しますので、必ずしも古い墨はすべて良いとは言い切れません。
磨墨後、磨り口側面部を拭き、湿気の少ない所に保管することが大事なのです。良い条件で保管された墨は100年200年の寿命をもっています。勿論、墨造りも大切でよく練れた緻密な墨でなければなりません。